笑顔。 心穏やかに、優しくなりたい。 ~ここにはありのままのわたしを綴っていきたいな。~
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刹那
2009年12月29日 (火) | 編集 |
 今年 観ていたドラマ。
「JIN -仁ー」
主題歌 MISIAの『逢いたくていま』という曲も好き。
 何話か見逃しているのだけれど、
こともあろうに、最終回をあやうく見逃しそうになった。
 というか、ほぼ見逃してしまった困ったな
残り20分ぐらいで気付き、あぁ
 すごく楽しみにしていたのに、がっかり。
途中からみたせいか、続編があるのかなぁと思うような終わり方だなと
思ってしまった。

 今朝、その最終回を見ることができた。
考えさせられたというか、改めてそうやって生きていくしかないよね。
と思った。
 刹那さも感じた。

 その中で、印象に残ったセリフ。
それぞれをあるべき運命の船に乗せ・・・運んでいく。
誰もみたこともない、時の彼方へ・・・

「どっちをとっても後悔が残るなら、運を天にまかすのもひとつの手さ」

「神は乗り越えられる試練しか与えません。
 試練のあとには、きっとすばらしい未来が。」
 

「世というのは万華鏡のようなものではないかと思うことがありんす。
 人という玉が筒の中にいれられており、誰かの手がそれをまわす
 のでおざりんす。ほんの少しまわすだけで、となりあう玉が変わり、
 すると 現れる模様もがらりと変わる。浮世の面白さでありんすよ。」
「目にみえる模様は違えど、実は中にある玉は決してかわらん」

「先生やったら出来る」
「なんの確証もないなら、そう信じよう。」

「ひとつだけ確かなことは、私は解放された。これでもう未来に
 一喜一憂することもない。これからは、目の前だけのことをみて、
 ただ懸命にいきればいい。ずっと生きやすくなる。」


「よかったんですよね、これで」
「はい。」
 尋ねてもこたえても何の意味もない。
 それ以外にしらなかったのだ、朝を迎える方法。

これからはおのれの足で行きたいところにいくでありんす。
 そこで誰かと出会い、誰かを慕い慕われ、
 誰よりも幸せになるでありんす」

「水というのは不思議なものでございますね。雨になったり、
 湯気になったり、氷になったり、雪になったり、さまざまな
 姿になるけれど、本当は全て 水。
 そして、私たちの目に見えずとも
 この世から消えてなくなることはない。」

「きいたところでどうにもならん。
 十年先、百年先をしったところで、日は一日一日明けていくだけじゃ
 一歩一歩進むしかないがじゃ。
 わしも先生も。地を這うむしのように。」


「もう一度歩いてみろ。
 きっと思う以上に美しいはずなのだから。人生は」


私は、先のことを考えて不安になる。
これからどうなるのか、幸せになれるのか。
でも、そんなこと考えても、どうにもならないんですよね。
日は一日一日明けていくわけで、本当に一歩一歩進むしかなくて、
どんなに考えても、答えはでなくって。
目の前のことに懸命に生きるしかない。
 もう一度 歩いてみれば 他の世界が見え、
人生という今の私の思い以上に美しいものが見えるのかもしれない。

「では、みなさま おさらばえ」
もとても印象に残った照れ笑い

未来(明日)を考えて、苦しむより、歩いて、他の世界を知る。
立ち止まっていては、見えるものも見えないということだろうか。
目の前のことに懸命に生き、
何があっても、一歩一歩歩いて生きていく。

 過去や未来に悩むより、その日一日を一歩を大切に生きていこう。

 そう思った。
来年は、良い年でありますように
そう願わずにはいられないが、

一歩一歩歩いて生きていく。懸命に生きていく。

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